天寧寺町土塁

2005.4.28



このページは「会津の歴史」のページの方がふさわしい気がするのですが、
とにかく桜が綺麗なので、とりあえずこちらにUPします。




土塁の上に咲く満開の桜が夕日を浴びて、
何ともいえない不思議な色になっています。










国指定史跡
昭和9年12月28日指定
平成5年10月29日追加指定
史跡 若松城跡(天寧寺町土塁)
所在地 会津若松市花春町一二六番外四筆

この土塁は、蒲生氏郷が会津に入部し、文禄元年(1592年)若松城の改築に着手した際に築造されたとされ、若松城の追手として最重要地点であった。
また、外郭と内郭を区画した若松城の土塁の遺構で、市内に現存するものは、わずかであり貴重なものである。
今回、「甲賀町口門跡」、「天寧寺町土塁」、「三の丸堀跡」の三ヶ所が国指定史跡若松城跡として追加指定を受けたものである。

平成7年3月 会津若松市教育委員会







(←北)
江戸時代の会津若松城下鳥瞰図です。天寧寺町口は○で囲んだ所です。
郭外と郭内とを区別するための土塁です。







千石バイパス沿いにあります。シュープラザのすぐ北側です。
この辺りは、かつて弥太(会津藩下級武士)達が住んでいた徒歩町かあ・・・。
戊辰で全焼しましたが。







土塁はぐるりとフェンスで囲まれ、入ることはできません。




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