長光山 貴徳寺
ちょうこうざん きとくじ
(浄土宗)
堀部安兵衛ゆかりの寺です。
恵隆寺(立木観音)の駐車場にあった地図です。 何と役場の北側に、堀部安兵衛ゆかりの地が! 堀部安兵衛が会津坂下町ゆかりの人物だという事は知っていましたが、 偶然その生誕の地が分かってラッキーでした。 会津坂下町役場を北に歩いていくと・・・。 ああ、あったあった。 左折します。 到着です。 石碑も建っています。 何とお寺でした。 貴徳寺といいます。
堀部安兵衛を顕彰する碑が建てられていました。
成る程〜、そういうエピソードがあったのですね。 何か別の物を読んだ時の記憶が正しければ、安兵衛が持っていたお守りか何かで、自分の孫だと分かったんじゃありませんでしたっけ? 石碑は、表よりも裏が面白いのです。 これもやはり非常に興味深いことが刻んであります。 石に刻んだ文字って、写真を見ながら読み取るのは非常に困難なのですが、頑張ってみました。
なるほどね〜。また地元を満喫してしまいました。 史跡めぐりはこれだから止められません。 会津坂下町役場に飾ってあった俵です。 これは多分、正月の行事「大俵引き」で配られると言う「福豆俵」です。 小さくてラブリーです。 中には何が入っているのでしょう。米? 昔の俵引きはノーマルサイズの俵だったそうですが、 時代が進むにつれて巨大化したそうです。 若松市内の大町四つ角でも俵を引いていました。 その時の俵はノーマルサイズだったそうです。 ↑写真に写っているものは、大俵引きで使用されるものではありません。 普通の俵よりも小さいですから、展示用でしょうきっと。 またラブリーなものが。 きっと会津坂下町のキャラクターです。 友人が言うには「ばんげのBを元にしていて、確かビーちゃんって言うんです」とのこと。 いいなあ、若松にもふさわしいキャラクターが欲しいです。 ラブリーなものが良いですが、劇画調でも良いです(笑) 涙橋の所で道を間違い、わざわざ混みまくっている七日町を通って帰ってきました。 (南下してカワチに行こうと思ったのに・・・。) この細い道で右折されると、後続車が詰まりまくりです。 青信号の1ターンで、右折車1台のみ通過ってどうよ? 長い信号待ちの合間に撮影しました。カッコイイ酒の名前です。 戻る このページの参考資料 「会津の寺(耶麻、河沼、大沼、南会津の寺々)」:歴史春秋社 |