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会津五桜

磐椅神社の大鹿桜

2005.5.9

会津五桜を遂にコンプリートです!!



朝、猪苗代町商工観光課に電話しました。

「大鹿桜の開花状況を教えて下さい。」
「ちょっとお待ちくださいね、えーと、5〜7分咲きです。」

またしても運が良いです。
こんなにラッキーでどうしましょうね(笑)




大鹿桜は磐椅神社の境内にあります。
駐車場はありませんので、土津神社に車を停め、そこから歩いて向います。

途中、「キリシタン殉難之地」と「服部安休の墓」と書いてある所があったので、
草を踏み分けて入ってみました。

「服部安休って誰でしたっけ?」
「何かの研究者だった気がします」

一般の方々のお墓の奥に、それらしい古くて大きくて立派な墓石がありましたが、
足場が悪かったので、遠くからお参りしました。

帰ろうとすると・・・。

「君達、切支丹に興味あるの?おれ、切支丹について調べているんだよ」と
見知らぬおじさんに声をかけられました。(またマニアに声を掛けられてしまった・・・)

「今日は大鹿桜を見に来ただけです」
「ああ、桜なら散ってたよ」

はあ?朝、観光課に電話して聞いたのと違うぞ?

まあ、ソメイヨシノを見慣れた人には、種類の異なる古木の満開が
「終わっている」に見えるようだと分かっているので、信用しないことにします。

「オレは切支丹の殉難の地があると聞いて、奥まで行って来たんだけど、みつからなかったよ。君たち知らない?」
「私たちは大鹿桜を見に行く途中に、服部安休の墓に寄っただけで、切支丹は特に・・・」
「ああ、そうなんだ。」

分かってくれましたか。

「ここにある墓って皆、奥津城ってあるけど何?」と聞かれたので
「神道の墓のことを「奥津城(おくつき)」と言うんです」と、友人が教えてあげていました。
「へえ、おくつきって読むんだ、でも墓の形は仏式だよね?」
「いえ、神式です。全部「命」とか書いてあるじゃないですか。

だって、この辺りに寺無いし。分かるでしょ。

どうして我々は史跡めぐりをしているとマニアに声を掛けられてしまうのでしょうか。
いつもそうです。本当に。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

服部安休については、
磐椅王国のサイトに載っていました。
ページの下の方に記述があります。

トップページはこちら。

↑ここ、すごいサイトですね。後でじっくり勉強させてもらう事にします。







それにしても激しく寒いです。残雪があります。
体が凍え、手がかじかみます。

流石は「本州で最後に桜が咲く」所です。

今、本州で花見ができるのはここ、猪苗代の磐椅神社だけですよ。

贅沢〜。







ヤマザクラも残っています。いい感じです。








あ、正玄さんの墓が!
磐椅王国のサイトだと立派な墓石を見ることができます。

実は、草が生い茂っており、道がよく分からなくて行かなかったんです。

もうちょっと分かり易くしてくれればなあ。







そんなこんなで、大鹿桜です。
観光課の人が教えてくれた通り、7分咲きです。良い感じです。

どうしてこれが「散って終わっている」に見えるのでしょうか。
不可解です。










町指定天然記念物
大鹿桜
昭和44年8月1日指定

別名「翁桜」とも称され会津の五桜の一つに数えられている名木で、花の色がからしだいに鹿の毛の色に変化するところから、この名前がつけられた。

社伝によると、今より約一千年前天歴年中(947〜957)村上天皇の勅使が参拝の時に京都から持ってきて植えたとなっている。現在はその子孫である。

樹の種類はサトザクラの一品種である。花の中心からおしべが緑化したものが出ているので、ちょうど花の中から葉が出ているように見える珍しいものである。

福島県緑の文化財第一号である。

猪苗代町教育委員会
(平成4年11月1日設置)




花は高い所に咲いており、ズームを使って撮影しています。
鮮明には撮れませんでしたが、ラブリーな花の様子はお分かりいただけると思います。










花のアップ。
中心が黄緑色なのです。ラブリーです。









反対側から。








それでは、磐椅神社にお参りします。









立派な鳥居杉です。

幟にも書いてありますが、保科正之公の大河ドラマをつくろうという動きがあるようです。
実現するといいなあ。









延喜式内勅祀社(旧県社)
磐椅神社(いわはしじんじゃ)

祭神 大山祇命 埴山姫命
相殿 誉田和気命 息長足姫命
祭日 例大祭 10月10日 春祭 5月14,15日

由緒

当社は延喜式内勅祀社にして應神天皇の御代・神功皇后摂政の時、武内大臣の巡視のみぎり勅命を奉じ、国土開発の神なる大山祇命・埴山姫命を磐梯山の嶺に奉齋す。

又元明天皇の御代、和銅年間の草創ともいわれる。

聖武天皇の御代、天平元年八月二十五日、見弥山南麓に遷座し相殿として誉田和気命(應神天皇)、息長足姫命(神功皇后)を配祀す。

平城天皇の御代、大同元年夏、万代山破裂により社殿損障によって、嵯峨天皇の御代、功仁四年、御造営される。

文徳天皇の御代、齋衡三年正月「陸奥国 石椅神加従四位下」と文徳実録に見ゆる、この神号・磐椅、岩椅、石椅に作りしを、明治二年、民政局より磐椅(いわはし)との旨通達あって改む。

村上天皇の御代、天暦元年、勅使御差遣あり、由来を尋ねありし時、宸翰物及び桜樹を奉献せられ社殿修覆、奉幣の儀あり、この際の桜を大鹿桜と称す。

土御門天皇の御代元久二年、猪苗代城主・三浦経連、社領八千余町の寄進あり、次で承元元年夏、現在の所に御遷座され杉を植え、此れを鳥居杉と称す。

承久年間には三浦盛常二千三百町を寄進あり。

伏見天皇の御代、正應年中、藤原氏の女、御皇威の衰へ給へるを痛く歎き、私に神功皇后應神天皇の御影を鋳せられ神鏡金銀の幣額等を添えて永仁三年密使を以って奉献せらる。

寛文年中保科正之公社殿の御造営あり。

寛保三年閏四月十二日正一位の神階を授奉せらる。

会津磐梯山は父なる山で、母なる会津の里に豊作をもたらす神として、人々の信仰のよりどころであり磐椅神社は会津の土着の信仰に基づく神体山崇拝の神社で、磐椅明神、峰明神として信仰されている。

昭和六十一年五月十五日 宮司 伊東政則

由緒正しい、格式の高い神社なのですね。
成る程ね〜。








猪苗代町の名所旧跡

磐椅神社

延喜式内社として格式の高い神社で、郡内一の大社であったといわれています。

古くから会津嶺と称された磐梯山の山岳信仰に由来し山上から遷座した大山祗神、埴山姫神を祭神として祀っていますが、この神々は民話に登場する足長、手長明神のことです。

神社の名は、磐梯山の古名「磐椅山(いわはしやま)」に由来し、磐梯山信仰の長い歴史を今に伝えています。

猪苗代町


手長足長か〜、磐椅神社に神様として祀られているとは知りませんでした。
勉強になるなあ。
分かり易いし。





  

鳥居杉はかなりの巨木で、神聖な感じがします。

あまりに巨大で一枚の写真に収まらず、二枚になりました。







天然記念物
鳥居杉

元久二年甲子年 猪苗代城主三浦経連 磐椅神社に社領を寄進し、二年後の承元元年夏 大鹿桜の傍 元土田堰の南に在った神社を現在の地に遷座して、其の時鳥居の杉として社前に植樹されたのが此の杉で樹令約七百七十年である。

左西側の杉は、幾度かの落雷で半月空洞状態と成り、昭和丗三年八月の猛烈な台風で地上約十五米を残して倒潰し、現在の姿となったとは言い、磐椅神社の神木 鳥居の杉として古い歴史を語り 信仰の中心の御社の尊厳を保っている。

猪苗代町教育委員会

落雷が無かったら、どれだけの巨木になっていたのでしょうか。
そしてこの神社はそれより歴史があるのですから、すごいですね。








ん?木の上ってどういう事ですか?








うわあ、鳥居杉の二股になっている所から桜が生えてる!

すごいな〜。







立派な幹です。








社殿です。
右側でお守りやお神酒を売っていました。
友人へのお土産に、お神酒を買ってみました。

社殿に向って左側にも桜が咲いていて、ハラハラと花弁が舞います。

いやー、良い時に来ました。








真っ白な八重桜です。
大鹿桜にちょっと似ています。








散った花弁は、かなり大ぶりで真ん丸でラブリーなのです。








戻る間際、この道を見つけました。
これが磐椅神社の本当の参道でしょう。

本来ならここを歩いてお参りするのが正しいのですよね。
我々は脇(土津神社側)から入ってきてしまいました。

こういうのって何となく、失礼にあたる気がしてしまいます。









町指定遺跡
西峯遺跡
昭和52年3月31日指定

磐梯山麓の南側斜面、標高570m前後緩傾斜地に立地し、磐椅神社の表参道を中心とした推定東西200m、南北300mに広がる縄文時代の遺跡である。

過去数十年にわたり土の表面から土器片や石器が多数採取されていたが、昭和44年(1969)から4回にわたる発掘調査によって、縄文時代中期の複式炉をもつ竪穴住居跡や中・後期の縄文土器、石器(石槍、石斧、石匙、石錐、石箆、石錘、磨石、たたき石、石皿ほか)、土偶、土板、石偶などの貴重な考古資料が発見されている。
この遺跡は会津延喜式内社の磐椅神社境内でもある。

猪苗代町教育委員会


へ〜、こんな所に縄文時代の遺跡が・・・。

友人が「複式炉とかマニアックな単語が普通に書いてありますけど」
と言っていました。

つーか、たたき石の「たたき」は、常用漢字じゃないどころか
パソコンに入ってさえいない字なので出ないんですけど。


さて、引き返して、土津神社にお参りすることにします。


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