×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。



                                    

斎藤一 忌
(供養祭)

2004.9.26 会津若松市七日町の阿弥陀寺にて。




休みだったのでフラリと行ってきました。
パンフレットにはこう書いてあります。

25日

あの勇壮な新選組隊士の面々が歩く

■会津新選組行列

京都守護職松平容保公をはじめ、局長近藤勇、副長土方歳三など京都における新選組が最盛期の陣容を再現します。ゆかりの地からも参加。
・12:30 出発式(大町・西軍墓地)
・12:40 出発〜大町通り〜七日町通り
(七日町市民広場で金川町子供おはやし会の演奏)〜阿弥陀寺(東軍墓地・斎藤一墓)

会津に義を尽くした新選組三番隊組長

■斎藤一忌(供養祭)

・13:30(阿弥陀寺)
※来賓:斎藤一直系四代目
藤田太郎氏、三代目夫人藤田夏子氏
※墓前において斎藤一が学んだ無外流第十五代宗家 塩川寶祥(ほうしょう)氏・十六代宗家 岡崎寛人氏による居合の演舞

全国の新選組ゆかりの地から会津に集う

■第4回全国新選組サミットIN会津

会場:会津若松市民文化センターホール
・14:30 開場 ・15:00 開会
パネルディスカッション「今、新選組を語る」
コーディネーター:作家・星亮一





阿弥陀寺です。
友人と待ち合わせたのですが、集合時間がちょっと早すぎたかも(^^;






・・・浅葱の鯨幕ってアリ?
「鯨」というくらいですから、白と黒以外はありえません。
慶事でも弔事でも。








まずは本堂にご挨拶します。








墓前には祭壇が設けられ、地面も掃き清められています。







斎藤一の墓です。






  

やはり会津人の墓にもご挨拶しませんとね。
緑の中の狛犬が素敵です。








・・・扉が開いてます。
知らない人が入ってしまうではありませんか。
この盛り上がった部分は全て、戊辰戦争で亡くなった会津人の遺体で出来ているのに。

※あまりの遺体の多さに、棺にも入れることができず、遺体そのままで埋葬したのです。
それでも掘った穴に入りきらず、盛り上がってしまったのです。

後に改葬して、現在のように石で囲まれているのです。








あーあ。
2000人もの会津人の遺体を足下にしています。
知らないって恐ろしいですね。
知らない人が誤って踏んでしまうのですから、扉は閉めておくべきなのです。

もちろん私は階段までしか登っていませんよ。
絶対にこの上に登りたくなんかありません。

(遺体の人数は千数百人〜二千人以上と、書籍によってばらつきがあります)






御三階の裏側はどうなっているのかと思って回り込んでみました。
普通でした。







ご住職もスタンバイ。









行列が融通寺からここ阿弥陀時に到着しました。










ゆかりの地からも多数ご参加です。







かなり早い時間に到着してしまった為、場所も確保でき、
ベストポジションで撮影できます。







こちらは一般募集による市民の方々だと思います。








かなり間近です。
市内の七日町の方々だと思います。






だんだらを縫い付ける技法ですか。

新選組の羽織については、服飾史的観点から色々と言いたいことがあるのですが、それはまた別の機会に。







全員揃ったようです。
供養祭が始まります。






菅家市長は、秋祭りの時は保科正之でしたが
今日は松平容保役でした。







斎藤一のご子孫です。
すっきりとした素敵な方でしたよ。







読経が響く中、ご子孫の方々と関係者が焼香をします。







・・・皆様、どう思われます?

開いている扉から入った大勢の人たちが、
2000人もの先人の遺体を踏みつけていますよ。

知ってか知らずか、無礼者が多いですね。
「戦死墓」と刻んである会津人の墓碑に登っている大馬鹿者もいるようです。








会津藩の責任を一身に背負って切腹して下さった会津藩家老・萱野権兵衛さんの碑に登っている大馬鹿者もいます。

何?あなた方は戊辰戦争で亡くなった先人の遺体を足下にし、
斎藤一の墓の真後ろで、高い所から読経を聞き、写真を撮り、斎藤一気分ですか?
これは供養祭ですよ?何をしに来たのか皆目見当がつきません。

自分さえ良く見えれば、礼を欠いてもお構いなしなのですか?

モザイクをかけてあげたのは私の優しさです。

本当に、一体何をしに来たんでしょう。みっともない。
ガッカリです。

私の隣にいたおばあちゃん達も同じ事を言っていましたよ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

後で副住職に
「知らない人が先人の遺体を踏むから、墓の扉は閉めておいて欲しい」
とお願いしたのですが、

「改葬した時に骨はなかったよ(※)」という
トンチンカンな答えしか返ってきませんでした。

何千人もの先人の遺体を踏む事は寺公認ですか?がっかりです。

ご自分で「自分は会津の人間ではない」とおっしゃっておられたので、
この墓に対する感覚も違うのかもしれませんねえ。

※日本の土壌は酸性なんだから、そりゃ骨は溶けるでしょうね。
日本全国どこでも。
そして、そういう問題ではありません。

「遺体が埋められた事実」よりも「骨の有無が重要だ」というならば、
「墓」という物の存在そのものを否定することにもなりかねません。

骨の無い墓は敬わなくていいのでしょうか。

もしそうなら、骨のない墓を管理している寺そのものも
必要なくなってしまいますね。

※ 土葬して50年も経ったら骨なんてグズグズでしょう?いわんや136年前をや。
現代で、土中に骨のある墓なんて一体いくつあるのでしょうか。

訳が分かりません。

仮にも「会津人 齋藤一」の慰霊祭なのにね。
他の会津人は蔑ろでもかまわないのですね。

ふーん。








無外流の演武が奉納されました。






袴に刺繍がしてあって格好良いです。







演武をなさるのはプロですし、真剣なので、刀からヒュンッ・・・ヒュンッ・・・と綺麗な音がしました。気迫が伝わってきました。
飯盛山の白虎隊慰霊祭でも、居合の奉納は、だんだらを着た素人の女性ではなく、こういう方々にしていただきたいものです。
(「慰霊祭における奉納」というからには、自己満足ではなく、それなりの質も要求されると思います)







次は真剣と木刀による演武です。








気合と気迫が伝わってきます。

以上で斎藤一の供養祭は終了です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・




お寺の方に「萱野権兵衛の像を見せていただけませんか?」と聞きました。
「そこにあるよ」
「中に入って近くで見せていただいても良いですか?」
「あの像を見たいって来るのは、年間で5人くらいだよ(笑)」

とご許可をいただき、見せていただきました。










会津葵。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

なんていうか、供養祭とか慰霊祭ではなく、
ただのコスプレイベントですよ、これは・・・。恥ずかしい。

行列がしたいだけなら、慰霊祭とゴチャ混ぜにするべきではありません。
どちらも単独で行えばいいのです。

こんな内容では、亡くなった方々に失礼です。
そして、わざわざ遠路お越し下さった、斎藤一のご子孫の方々にも失礼です。

第一回目とはいえ、これは酷すぎる・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



余力があったので新選組サミットにも行ってみました。








市長が松平容保の姿のまま挨拶していました。

作家の星亮一氏は、お年の割にはとても若々しくてびっくりしました。







まだ余力があったので、神明通りで会津磐梯山(盆踊り)を見ました。




戻る