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京都守護職会津藩

新選組ツアー in 京都


2日目
(5)


霊山を後にし八坂塔へ向かいます。
その途中に庚申堂がありました。




八坂庚申堂 由来

当寺は大黒山金剛寺八坂庚申堂と号し、大阪四天王寺庚申堂、東京入谷庚申堂(現存せず)と並び、日本三大庚申の1つで、ご本尊青面金剛は、飛鳥時代に秦河勝が秦氏の守り本尊として招来したのを、浄蔵貴所が一般の人々にもお参りできるようにと、八坂の地を卜して、当寺を建立した。千年以上も前のことである。
現在のお堂は延宝6年(1679)の再建である。

小さいお堂なのに手入れが行き届いて、管理の方もおられて、
きちんとした所だなと思ったら、日本三大庚申の1つだったのですね。

門の屋根の上に、見ざる言わざる聞かざるが居るようです。






庚申について

庚申とは干支、即ち、庚(かのえ)申(さる)の日を意味し、この前夜に人間の体の中に居る三尸の虫が、寝ている間に体から抜け出して、天帝にその人間の行なった悪行を告げ口しに行く。

天帝は寿命を司る神であるから、罰として寿命を縮める。ところが、三尸の虫は人間が寝ている間にしか体から抜け出る事ができないので、庚申日は徹夜をする。これを庚申待ちという。

この庚申待ちの行事に様々なことを行なって徹夜していたが、青面金剛はこの三尸の虫を食ってしまうので、いつの頃からか庚申待ちにはこの青面金剛を本尊として拝むようになり、庚申イコール青面金剛となった。

また、この日、睡眠をささげて一晩一心に願い続ければいかなる願いも叶うとされている。

平安好きとしては、庚申待ちってやってみたいのですよね〜。








八坂庚申堂のくくり猿。
色使いがラブリーです。

あ、庚申さんが横向きの写真しか無い・・・。









くくり猿について

くくり猿はまさに、お猿さんが手足をくくられて動けない姿をあらわしています。お猿さんは人間に近い動物といわれていますが、所詮は動物、欲のままに行動します。動物園に行けば、お猿さんは欲のまま走り回っていますね。

この姿を人間の中にある、欲望に喩えてあり、人間の中にある「欲望」が動かないように、庚申さんによってくくりつけられているのです。

くくり猿に願い事を託して、それを叶える秘訣は、欲を1つ我慢することです。

皆さんが願われたことを叶えようと努力しようとするとき、欲望のこころが働いて、それを妨げようとする、それをくくりつけ、庚申さんにうまくコントロールしてもらうためです。

ですから、ご自身の中でお猿さんが走り回るようにこの欲の心が動き出し、悪い事をしたり、努力を怠りそうなときたら、庚申さんの怖い顔を思い出して、「罰が当たる」と自身を戒め、くくり猿のように欲望の心をコントロールして下さい。

良い行いをしていれば、くくり猿も庚申のお使いとして、皆さんを助けてくれることでしょう。

なるほど!くくり猿の意味が良く分かりました!
八坂塔に行く為に偶然通りかかった庚申堂ですが、
思いがけずとても面白かったです。

くくり猿も、作り方は知っているので、ちょっと作りたくなりました。







庚申堂には変身舞妓さんが居ました。








八坂庚申堂を東に向かうと、八坂塔が見えてきました。
ああ、質屋の看板が・・・。







質屋の看板が入らないように撮影してみました。
スタンダードな写真です。











法観寺・八坂塔

霊応山と号し、臨済宗建仁寺派に属する。

寺伝によれば、聖徳太子如意輪観音の夢のお告げにより建立し、往時は延喜式七ヶ寺のひとつに数えられ隆盛を極めたが、現在は八坂塔(五重塔)と大使堂、薬師堂の二宇を残すのみである。

八坂塔は本瓦葺五層、方6メートル、高さ46mの純然たる和様建築で、白鳳時代の建築様式を今に伝えるものである。

創建以来たびたび災火により焼失したが、その都度再建され、現在の塔は永享12年(1440)足利義教(よしのり)によって再興されたものである。

塔内には本尊五智如来像5体(大日、釈迦、阿シュク、宝生、弥陀)を安置し、須弥壇の下には古い松香石製の大きい中心礎石があり、中央には舎利器を納めた3重の凹が残っている。

寺宝としては塔を中心に当時の社寺を描いた紙本着色八坂塔絵図のほか、足利義教画像、法観雑記など貴重な文化財を蔵している。

京都市







良かった、拝観可能な時間に到着できました。









境内にある建物で、紙本着色八坂塔絵図や水晶で出来た五輪塔の形の舎利容器など見ることができました。







石灯籠越しの夕日。









係りのおにーさんの解説を聞いてから、塔の中に入ります。800円。
ここ八坂塔も、「非公開文化財特別拝観」に該当しているのです。

入ってすぐ、中心礎石を見ることができました。
へー、これが白鳳時代の礎石かあ〜すげー。


中心礎石

創建当初のもので、円形舎利孔、石蓋孔、凹柱座のある3段式で、白鳳の様式を留め、日本での舎利信仰の原点とされている。殊にこの心礎には全国で僅か2例という古い石蓋を今日も存している。

塔の創建当時は柱をご本尊にしていたため、仏像は無かったが、後に金剛界の5仏を安置するようになったと、おにーさんが解説してくれました。

なるほどね〜。神道では柱は特別と聞きますが、仏教もそういう事があるのですね。


急な階段を上ると、塔の内部の様子がよく分かって面白かったです。
実際に登るとよく分からないのですが、おそらく3層目あたりまで登ったのだと思います。

中央の柱をじーっと覗いていたら、係りのおねーさんが
「あそこに継ぎ目があるのが分かりますよね」と教えてくれました。
なるほど〜。

そういえば、我々は今、ご本尊の真上に居るのですよね。
なにやら罰当たりな気分。

塔の内部には色々と文字が書いてあるのです。
「ずっと昔、一般公開していた頃の、観光客の落書きです」とのこと。
へー、何て罰当たりな。
しかし相当昔のもののようで、パッと見には落書きと気付きません。
一瞬、創建当時の大工さんが書いたものかと思いましたよ(笑)

「あー、ここからの景色、写真に撮りたいね」
「外なら撮ってもいいですよ」と係りのおねーさん。

くろ谷の三門が、風景の写真撮影さえダメだったから、ここもダメだと思って、塔の下の荷物を預ける所においてきちゃったよ!
ガッカリ。

普通なら見ることも困難なアングルの写真、撮りたかったなあ。

そう思うと、どうしてくろ谷は景色の写真撮影が禁止だったんだろうか。








ああ、もう日が暮れます。

友人と、如来と菩薩について熱く語り合いながら八坂塔を後にします。
木曽義仲の首塚はちょっと怖かったです。









夕日を浴びる八坂の塔。









これって水煙っていうんでしたっけ?


清水寺へ




参考資料:その施設のパンフレット&解説板