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2006.3.21
会津彼岸獅子・3

コープほんまち駐車場にて、北会津の小松獅子が舞う姿を見に行きました。




雪は止みません・・・。
それどころか、どんどん降って積もっていきます。







カッコいい張り紙がありました。この店でやる事は間違い無いですね。
店員さんに聞いたら「やることは間違い無いです。でも外は無理なので中になるかもしれません。」とのことでしたが、中も場所的に無理なんじゃないかな。


1時になったので、外に出てみたら、自転車を除けている人がいました。
という事は、この軒下でやるのですね。

と思ったら、ジャンバーを着て、頭に鉢巻をした少年が居ました。
もしや・・・。

「君、もしかして幣舞小僧?」
「何で分かるの?」
「彼岸獅子が好きだから(笑)」




「小松はちゃんと子供が幣舞小僧をするなんてすごいですね」
「本当は小学生以下なんだけど、この子は1年なんだ」


「7歳までは神のうち」、なのでしょうか。







獅子も到着しました。
雪の中お疲れ様です。









感激です。ずっと見たかった小松獅子です。
北会津村が会津若松市と合併したから若松まで来てくれたのかと思いきや、小松獅子は5年くらい前から若松で踊っているそうです。

普通に生きていると、彼岸獅子とは接点が無いので、詳しい情報は入ってこないもんなあ。









赤の上衣に黒の袴が粋で格好良いです。
写真で見て知っていましたが、生で見られて嬉しいです。







幣舞小僧と彼岸獅子。








会津葵ですよ。
小松の彼岸獅子は戊辰戦争で活躍したので、松平容保公から特別に会津葵を許されているのです。







解説書きをいただきました。


会津彼岸獅子(小松獅子の由来)

陸奥の入り口福島県は風光明媚n恵まれ、その地その村に古くより伝えられし郷土芸能がございます。特に我が会津にはそれにふさわしい父祖幾代かに亘り伝えられし、五穀豊穣災厄除去としての郷土芸能会津彼岸獅子があり、春の彼岸仏供養の為、村の寺院、新仏の家、ときには会津若松に繰り出して舞を披露することから彼岸獅子と言われております。

徳川家康公の孫に当たる保科正之公が、信州信濃高遠より出羽国最上に移り、寛永20年会津鶴ヶ城城主として赴任される時、獅子を先頭として堂々入城されたのが会津における獅子舞の始まりと伝えられています。

歴代城主の庇護のもとに三十数組の全盛を誇った時期もあり、桜花満欄の候本丸においてその技を競い、その壮観を城主が御覧になって居られたとも伝えられています。

扨、小松獅子には立派な歴史がございまして、それは戊辰戦争の際、日光街道田島口を守りし若干二十四歳の国家老山川大蔵(後の陸軍少尉山川浩)衆寡敵せず守りをといて若松の入り口、飯寺まで来りしとい、すでに敵軍は充満、一歩たりとも這い入る事が出来ずに困っていた時、包囲を破る一策として山川大蔵一計を案じ、小松の獅子を懇請されたのでございます。

小松では早速重左衛門、孫左衛門等が決死の獅子舞組を組織して「通り」と称する囃子を奏しながら獅子舞組を先頭に堂々突進、敵軍がこの出で立ちにあっけにとられている中、一兵をも損ずることなく城内に這い入る事が出来たのであります。

篭城軍此獅子舞組の笛の音を聞き、くろがね御門を開いて泣いて迎え入れたと歴史に残ってございます。

明治四年御薬園において松平容保公が小松獅子の功績を称えられ、太夫獅子の頬掛けに松平家の紋章である会津三つ葵の御紋を与えられ、高張提灯に使用を許されたのでございます。

現在その笛、踊、太鼓は会津若松市の無形文化財に指定されております。



獅子舞組の構成
先頭高張提灯一人、弓持一人、笛四人、太夫獅子、女獅子、雄獅子、太鼓四人

演目の種類
一匹踊「幣舞、棒舞、弓くぐり、女獅子舞、雄獅子舞い」
三匹踊「庭入、山おろし、大桐、岡崎、袖舞、柴さがし、女獅子かくし」

【女獅子かくし】
この踊は小松獅子の秘曲でありまして、太夫獅子と雄獅子とが中にはさんだ女獅子を、互いに我が物にせんと争い、笛のリズムに乗せつ乗せられ誘い出せば奪い取られ、奪い取られれば憤然と挑みかかり、牙とキバとの闘争が繰り返され、女獅子は非常に気をもむ有様。遂に女獅子は太夫獅子に帰する処となり、雄獅子の憤懣やるかたなく荒れ狂う様をやや戯曲化した踊りで、笛、踊、太鼓の調和の難しい曲でございます。


福島県会津若松市北会津町小松
小松彼岸獅子保存会



合併で「北会津村」じゃなくて「会津若松市北会津町」になっちゃったんですね。
友人によると、村だった時より若松の方が、税金が高くて嫌だそうですよ。

私のご先祖は出羽国最上で保科正之公に召抱えられているので、彼岸獅子と一緒に会津にやってきたことになります。つまり、会津における我家の年数は彼岸獅子と一緒です(^^)









幣舞小僧と、幣束のついた弓。








お囃子もスタンバイ。







舞が始まりました。
「庭入り」?







動きが速い。







手の動きが速い。







天寧や下居合とは基本的にリズムが違います。

・・・ってゆーか、どうして太夫が右側に居るの?
それとも会津葵が付いているのは雄獅子なの?
(後で理由は分かりましたが、この時はずっと混乱していました。)








袖の模様は何を表しているのでしょうか。
羽?矢?








こった狭い所で踊んのは大変だべな。
(基本的に、心の声は方言だべした?)








動きが早い。








皆雪まみれで大変です。








ああ、雄獅子にも雪が・・・。
せっかくの頭や着物が濡れてしまう。









このポーズカッコいいです。
撥を地下足袋の指の股の所に差し込んでいます。







幣舞です。
先程少年が持っていたビニール袋に、幣束と鈴が入っていたのです。








幣舞小僧から太夫獅子が幣束と鈴を受け取ります。









小僧君は小さいのに寒い中、祝日返上で頑張っています。







太夫獅子と幣舞小僧は場所を入れ替えながら踊ります。
その瞬間。







体を左右に揺らす仕草がラブリーです。








「食っちまうぞ〜」

(これも後ほど書きます。この時は知らなかったのです。)








「でも楽しくなってきた〜」








小僧君、お疲れ様でした。








曲名を忘れてしまいました。
このポーズも小松獅子で初めて見ましたし。










「山おろし」?







激しい踊りです。







太夫獅子がやきもちを焼いている仕草です。








なるほどねえ、これは焼きもちだったんだ・・・。







踊りが変わったのかも?







演目が分かりません。
もしかしたら初めて見るものかも。







フォーメーションが変わった!








丸くなっているので、引き続き「山おろし」なのかも。







商品を袋詰している人たちも踊りを楽しんでいます。







動きがダイナミックです。









もっと広い場所だったら、動きの制限がありませんから、
もっと格好良いのだと思います。







終わりかな?








終わりました。あー格好良かった。
パチパチ。








女獅子頭。

獅子団が移動する前に聞かねばなりません。

「どうして太夫獅子が右側に居たんですか?」
「弓の場所だわ。弓に近い方に太夫が来るんだ。」
「じゃあ、いつもは弓が左側なんですね?」
「今日はほら、場所が無がったから」

という訳でした。ためになる話が聞けて良かったです。

では、市役所前で踊るのも見せてもらおうと思います。


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