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2006.3.21
会津彼岸獅子・1

鶴ヶ城北出丸の武徳殿にて、天寧獅子団による舞いが行われました。
いつもは鶴ヶ城をバックに本丸内で舞うのですが、今年は急に大雪が降ったので、
場所が北出丸にある武徳殿に移されました。




会津若松市の広報に挟んであったリーフレットです。






解説つき。







プログラムです。
本来の彼岸獅子は、彼岸の入り18日から、担当する地区の家々を歩いて廻るものですが、戊辰戦争や第二次世界大戦のあおりを受けて獅子団がどんどん少なくなり、獅子団の無い町や村がほとんどになってしまいました。
ですから、普通に生活していて獅子団と遭遇するという事はめったにありません。

よって、このように鶴ヶ城や決まった場所で、決まった時間に舞ってくれるのは、言わばサービスです。

確かに、こうでもしてくれないと私は見られません。








武徳殿前より南西をのぞむ。
朝起きたら、大雪でびっくりです。
昨日も横殴りの雪は降りましたが、全く積もっていませんでした。

あまりの大雪なので、朝、会津若松観光物産協会に電話したところ、天寧も小松も「中止という連絡は無い」とのことで、じゃあやるんだろうと思い、やってきました。

小松は、プログラムを見るに、リオンドール以外は屋外っぽいけど、本当にやるのだろうか・・・。








参考:昨日の武徳殿付近を天守閣よりのぞむ。








武徳殿前より南東をのぞむ。
朝、早いうちは雪は降っていなかったので、たった数時間でこの積もり具合。
スゲー。
春彼岸なのに・・・。






天寧獅子。







大雪と彼岸獅子・・・ありえない。
去年も一昨年も、コートでは暑いくらいだったのに。







太夫獅子は、まだ雪よけのビニールを被っています。









FCTとかTUFとか。








解説が書かれた紙をいただきました。


会津若松市天寧獅子舞解説

獅子舞は古代から神社や大寺院に配属して祭典や供養などの諸式に悪魔払いとして儀式中の重要な役割をつとめて来たものとされ、従って全国的に分布しており、頭も木面、張子面、鳥毛、白毛、赤毛など種々あり、服装や舞楽などもその分布系統によって各々変わっておりますが、要するに神楽の一種で、後世発達した歌詞の内容を表現する能楽や舞踊と異なり、笛と太鼓のリズムで舞う原始的な趣は一様で、その大意は天地四方四季の悪魔を払い、国家安泰と五穀の豊穣を祈願する喜祷舞と解釈すべきでありましょう。

会津獅子舞は関東系に属するもので、その起源は後冷泉天皇天喜4年八幡太郎義家が奥州に安部氏討伐の折士気振興のため従軍の兵達に舞はじめたのが軍果ててそれぞれ故郷に凱旋するとともに獅子舞も坂東各地に根を下ろし郷土芸術になったものと言われておりますが、当時の源家は京師居住とのこととて、この舞のもとは関西にあったという想像も成り立ちましょう。

ところで、その後徳川幕府初期、寛永年代下野国の住人古橋覚太郎という獅子舞の太夫が廻国の途中下柴(福島県喜多方市関柴町)に縁あって定着、ここに会津獅子舞が生まれて会津、米沢の各地に広がったのですが、同じ頃、やはり下野国佐野青木角助という獅子太夫も橋本木流(会津若松市高野町)を訪れ、木流獅子を残しています。


天寧獅子舞(会津若松市東山町)は享保9年下柴からこれを移したのですが、会津藩士達の共鳴を得て研磨、武道型が鋳込まれて独特のものとなり、例えば腰を下して中身の安定を保ち、足は四もくを踏んで一度下した腰は舞終わるまで延ばすことをゆるされず、その姿勢美を尊重されている点など、士人によって芸格を仕上げられたことをよく物語っております。

曲目は十余種ありますが、「庭入り」「大桐」「山おろし」「巣場探し」「雌獅子かくし」「撥舞」などは三人舞で太夫獅子、雌獅子、雄獅子の三体がつれ舞い、「弓潜り」「棒舞」などは一人舞で、また子役と雄獅子がつとめる「幣舞」という変わったものもあります。

大体これらの曲目は前記の如く全く笛の調子を舞うもので、内容を表現する振りを求めることはできませんが「雌獅子かくし」はやや戯曲の面目を構成し、雌獅子を中心に両獅子が張り合う斗争奪戦の趣を見ることができます。

なお囃子の中に簡単な獅子歌がはさまれておりますが、これは催馬楽からきたものと思われ、関東一円の獅子歌と同文ですが、幾つかを摘記いたします。

・此町は竪に十五里横七里入りは好くみて出はに迷うな
=これは其市街地を賛美したものでしょう。

・詣り来て此れのお庭を眺むれば黄金小草が足にからまる
=屋敷の盛容を祝ったものと思われます。

・真にも関所結びの神ならば雄獅子雌獅子を合わせ給えや
=これは「巣場かくし」にうたわれる男女の円満な結びを祈った唄と思われます。

・此弓は神に召されし弓なれば天に響いて弓音がするらん
=これは前述の獅子舞曲中「弓潜り」の至芸を称えたものと考えられます。

【附記】
会津獅子舞は俗に「彼岸獅子」と呼ばれておりますが、これは春の彼岸に町や村をめぐるからで、残雪の野面を渡る笛や太鼓の音は長い冬ごもりの夢をさますなつかしいメロディとして郷土風物詩の「春」の扉にもひとしいものです。


会津若松市天寧獅子保存会






撥を前に置いて正座。









正座アップ。







始まりました。
多分、庭入りです。






武徳殿の中は思った以上に暗いです。
フラッシュ無しだとブレ、でもフラッシュをたいても届きません。







普通のデジカメで撮影するには厳しい環境です。







今年は鮮明な写真を期待しないで下さい。
武徳殿で舞う彼岸獅子も珍しいので、その様子がお伝え出来れば良いと思います。







フラッシュ有りでも暗いので、コントラストや明るさを調整しています。







左から、太夫獅子、雌獅子、雄獅子です。








足が冷たくなってきた〜。
冷え性じゃ無いうえ、まあ一時ですし大丈夫ですが、冷え性の人は辛いと思います。








ズームを使ってみましたが、フラッシュが届かないうえ微妙にブレますね。
やっぱり今回はズーム無しにしよう・・・。







だんだんこっちに近付いてきてくれたので、ちょっと写りが良くなりました。







この仕草がずっと謎でしたが、後ほど北会津の小松獅子団の人に質問した所、「獅子は三角関係だから、太夫獅子がやきもちを焼いているんだ」との事でした。
成るほどね〜。







たぶん「山おろし」です。







丸くなって舞います。







獅子も足袋だから足が冷たいだろうなあ。







この辺りの写真は、比較的良く撮れていて良かったです。







今年は北会津の小松獅子団を初めて見ましたが、それと比較すると、天寧や下居合の衣装はカラフルで華やかですね。小松は真っ赤で粋な感じです。







袴も、天寧や下居合は波が染め抜かれていますが、小松は真っ黒でした。








頭を振る仕草です。







幣舞小僧です。
フラッシュを浴びています。






という訳で、幣舞です。







幣舞小僧から雄獅子が幣束と鈴を受け取ります。







奥で正座をしている二匹がラブリーです。








同時にシャッターを押したようで、誰かがたいたフラッシュが明るいです。










このよく見る手を上げてちょっと止まるポーズは、天寧、下居合ともに共通しているので、彼岸獅子的に一般的かと思っていたのですが、小松はやらないので驚きました。
曲も踊りも、獅子団によって個性があるのですね。








「弓潜り」です。







「潜ろうかな、どうしようかな」と迷う踊りです。
かなりじれったいです(笑)









ピョンピョンしているので、次の瞬間に潜るはずです。







潜りました。







最後に三匹で舞います。







「大桐」かもしれません。







輪になって。







回りながら踊ります。







足が凍えてきたところで、終わりに近づきました。








ぺこりん。






お疲れ様でした。








天寧獅子団はこの後12:00から阿弥陀寺で舞うのですが、私は間に合わなさそうなので、午後からの小松獅子団を見る為に備える事にします。

下居合も、時間の都合で諦めざるを得ません。







武徳殿。








獅子団にサイトやってる人だってバレていました(^^;
そうか、バレるものなのか・・・。
本まで頂いてしまいました。有難うございます。



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