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会津彼岸獅子

2005年3月20日


阿弥陀寺(下居合獅子団)


【彼岸獅子の由来】

待ち焦がれた春の訪れを告げる会津の風物詩・会津彼岸獅子。今年もまた、春の彼岸の入りとともに獅子舞が町にやってきます。

(中略)

会津彼岸獅子の由来は諸説ありますが、一説には今から約300年前、会津一円に悪疫が流行した時、社寺に獅子舞を奉納したところ終息したと伝えられ、厄除けの祈願の舞であるといわれています。

また1643年保科正之公が会津藩主として移封した際は、獅子舞を先頭に入城したとも伝えられています。

また戊辰戦争の時の有名な話として、日光口から引揚げてきた会津藩家老・山川大蔵の一隊が、敵に囲まれ篭城している鶴ヶ城に入るために一計を案じ、小松獅子舞を先頭に囃子を奏でながら、西軍の包囲を堂々と突破して入城したという逸話も残されています。

豊作と家内安全を祈る会津の伝統行事です。

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参考資料:彼岸獅子のパンフレット

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私のご先祖は「最上以来」なので、彼岸獅子と一緒に会津に来たのですね。
ちょっと嬉しい。


今年のスケジュールは下記の通りでした。

11:00 鶴ヶ城(下居合獅子団)
12:00 阿弥陀寺(下居合獅子団)
14:00 鶴ヶ城(天寧獅子団)

うーん、11時の舞を鶴ヶ城で見て、そのまま獅子団と共に阿弥陀寺に行くには時間が足りないだろうなあ。
少なくとも場所取りは無理かも。せっかくの舞を後ろから見てもつまりません。
という訳で、11時の鶴ヶ城は諦め、阿弥陀寺→鶴ヶ城と回る事にします。





阿弥陀寺の境内です。
鶴ヶ城で舞い終わった獅子団が車で到着です。
獅子たちが車に乗っている姿はラブリーなのです。








待機中。
まったり具合がかなりお気に入りの写真です。







係の人が彼岸獅子の由来などを教えてくれます。
五穀豊穣とか、山川大蔵とか。







実は、阿弥陀寺での舞いをきちんと見るのは初めてなので楽しみです。
ベストポジションもキープです。








天気がイマイチなので、ちょっと暗い写真になってしまいます。

囃子の方々は後ろにいます。









獅子頭は舞う人の頭の上に乗っています。
顔は布の下にあります。









太夫獅子は、雌獅子・雄獅子と違う踊りをしているので
動きが違います。








着物の袖口の、五色の紐が綺麗です。








鳳凰を染め抜いた着物が綺麗です。
波を染め抜いた袴も綺麗です。









阿弥陀寺に眠る会津人も、おそらく大好きだったであろう彼岸獅子を見られて喜んでいると思います。
生前、どこの獅子団を贔屓にしていたかは分かりませんが(笑)









輪になって〜。








そういえば、いつもは左側にある御三階の前で舞うようですが、
今日は彼岸&法事のため、狭い境内に普通乗用車が沢山停まっていました。
なので、寺の入り口付近で踊っているのです。

残念。







太夫獅子アップ。
角が縞々です。








弓舞です。
太夫獅子が弓に挑みます。








弓舞中、雄獅子と雌獅子は出番がありません。









「最近どうよ?」みたいな。
ちょっと面白い写真が撮れました。









太夫獅子は、弓を潜る合図のようにピョンピョン飛び跳ねるものだと思っていたのですが、
今回は省略バージョンなのか、もしくは下居合の踊り方なのか、
ピョンピョンしてくれなかったので、潜る瞬間を撮り逃しました。







ふうー、終了。
お疲れ様です。

あ、斎藤一の事は頭からスッポ抜けていました。


鶴ヶ城へ